· 

アイリーン

東京のボロアパートに住んでいた頃、

ある夜、とこからか子猫の鳴き声が聞こえてきた。最初はCDを聴いていたので気がつかなかったが、まるでCDの歌声につられてなのか、子猫の鳴き声が近くでする。

私は玄関のドアを開けた。

すると、どうだろう、

子猫がドアの前で鳴いているではないか。

しかも、ドアから中に図々しくも入って来て、私の顔を見上げて鳴き声を上げる…。

真っ黒な首には赤いリボンが付いていた。

私はその思いがけない訪問者に困惑した。

誰かの飼い猫がどういう訳か私のアパートに…可愛いけど…飼えないし…どうしたものか…。

たまたま冷蔵庫に牛乳があったから、ちょい暖めて、皿に注ぎ差し出してみた。

クロ猫はチロチロとミルクを飲んだ。

お腹が一杯になると、そのクロ猫はドアまで行き、開けろと言うように鳴く。

言われるように、ドアを開けるとそのまま振り返らずに走って行ってしまった。

不思議な事もあるもんだなぁと思いながらも余り気にもせず、次の日の夜…。

ふと、また来ないかなぁと思い、昨日と同じCDを掛けた。

来ない。そんな簡単な話ある訳がない。

ただ、私はそのCDのギタリストの奥さんに因んでそのクロ猫にアイリーンと名付けた。

私は普段飲みもしないミルクを買い、ずっとしばらくの間、アイリーンを待ち続けた。

もう来ないな、と諦めかけたある晩、もう部屋の電気を消し、寝ようとした矢先、遠くに子猫の鳴き声が…もしかして?と部屋の電気を付け、耳を澄ます。

だんだん子猫の鳴き声は近づいてきて…

鳴き声は私の部屋の前まで…私は嬉しくて、ドアを開けてアイリーンを部屋に入れ、ミルクを差し出した。

思いきって、アイリーンを飼っちゃおうかなと思うのだが、アイリーンの首には赤いリボンが良く似合っている。

ああ、ダメだ。東京の一人暮らしに寂しさを感じているだけだ。

これ以上、アイリーンに感情移入するのは止めよう。誰かの飼い猫なんだから…

そう言い聞かせてアイリーンを見送った。

それ以降、アイリーンは私のボロアパートのドアの前には現れなかった。

あの猫は私の孤独が呼んだ幻だったのかもしれない…。

ホンキートンクはあなたからのご連絡をお待ちしておりますm(_ _)m